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  • 宮崎日日新聞

介護予防は健康な口から

昔、尊敬する先生が「一つ楽器が弾けて、一つ好きなスポーツがあれば人生はより豊かになる」と言われた。楽器はとうの昔放置したままになっているが、趣味で合唱団で歌を歌っている。あまりうまくはなくても皆で声を合わせればハーモニーが楽しい。でも私は外国語の歌詞の「巻き舌」は苦手である。それは元来不器用なのか、年をとったせいなのか理由はわからない。それで口の動きに関連して、人気ニュースキャスターが滑舌が悪くなった事を理由に引退した記事を思い出した。

この様に口の動きが鈍くなった事に関連して、国が最近唱えているキャッチフレーズが「フレイル」である。これは健康増進の為の施策であるメタボ、介護予防のロコモに続いて「虚弱」を意味するのであるが、一般にはまだあまり知られていない。この「フレイル」はお茶でむせるか、歩くスピードが遅くなったか、外出の頻度が減ったか等チェックして、要介護となる一歩手前で虚弱をみつけようというものである。余計なお世話さまと思う人がいるかもしれない。そしてこれは身体の衰えだけでなく、社会性や精神的な要素も入っているので今までの介護予防とはちょっと違う。

この社会性を測るもの差しに、1週間に2つ以上の趣味に興じるか、1日に1回以上は誰かと食事をするか等も加わる。そして、フレイルの第一段階は社会参加の欠如から始まると言う。さらに進むと第二段階の栄養面でのフレイルとして現れてくるが、中でも「口腔フレイル」はこれらの変化の兆しとして日常的に診療室でもおめにかかる。例えば10年来の患者さんが、最近滑舌が悪くなった、食べこぼしをする、噛めない食品が増えた等と訴えられるとちょっと注意深く観察してしまう。これらは口腔フレイルの3兆候であり、自己チェックもしやすい。要するに筋肉の衰え(サルコペニアと言う)が原因で、この兆候は先程述べた身体全体の衰えの前に現れるという。つまり、口の衰えが全体の衰えの黄信号となるのである。

以前、こんな事例を経験した。83才女性がご主人が亡くなった後うつ症状が進行し、しゃべらずご飯も食べなくなり胃ろうになったまま、私が嘱託医をしている施設に入居してきた。放置されていた義歯を調整し嚥下食から訓練を始めリハビリテーションを行った所、普通食を食べるようになり体重も増え、しゃべり、歌い、歩き現在は穏やかに暮らしておられる。

では、この口腔フレイル3兆候が認められたらどうすればいいのだろう?千葉県柏市で5年前から住民を対象にフレイルについての調査と取り組みが行われ様々な事がわかってきた。健康長寿の為には3つの柱があり、社会参加(友人と食事する、趣味を持つ)、栄養(タンパク質摂取そして栄養のバランスと口腔の管理)、身体活動(継続的な運動)が大事であり、特に社会参加が肝であるそうだ。

ちなみに私が所属する合唱団名はオペラの劇中の酒場にちなみ「酒場に集う人々」という意味あいをもつという。仲間と食べて語り合い、そして身体を動かす。これが元気の源かもしれない。

南風が吹いた、さあ老いも若きも外へ出よう、そして口を動かそう。

 

宮崎日日新聞
2017年3月13日掲載