1.   
  2.   
  3. (5)唾液はすぐれもの/発達障害児の口腔ケア
  • 一期一惠

(5)唾液はすぐれもの/発達障害児の口腔ケア

私たちに身近な”つば”

「それって、これじゃあない?」と言いながら眉につばをつける仕草をしたことはおありでしょうか?ことわざで「眉唾物」、これは広辞苑によると、いかがわしいもの、真偽の疑わしいもの、とある.このようにつばに関係することわざは以外に多い.他にも「固唾(かたず)をのむ」、余り聞かないかもしれないが「年寄りのつばは糊になる」なんてのもある.聞かれたら誰しも2・3個はつばに関することわざを思い浮かべることはできるだろう.この事は、つばがいかに生活に密着しているかの表れだと思う.

でも、つばの大切さをあげよと言ったらどれ位あげられるであろうか.子どもの頃かすり傷に母親がつばをつけて「痛い痛いの飛んでけ!」というおまじないをしてもらった記憶がある人は多いと思う.これはつばに抗菌作用があるという考えに基づく行為であるが、このような作用以外にいくつかの重大な役割がある.

まず、一日の大人の唾液量だがおよそ牛乳パック1L分に匹敵すると言われている.この唾液は三大唾液腺、耳下腺、顎下腺、舌下腺から分泌されている.しゃべっている時や食事の時、唾液は大きな役割をしているが、日常的にはその重要さに気づかないまま過ごしている.たとえば、結婚式で祝辞の挨拶をする事になっている時、のどが乾いてよくしゃべられなかった経験はないだろうか?これは唾液腺が交感神経と副交感神経の二重支配をうけていることの表れであるが、このように機能として粘膜の防御作用、発音、嚥下、その他に緩衝能、浄化作用、消化作用、味覚等多くの作用がある.

唾液とむし歯の関連性

最近ドライアイと並んでドライマウスがテレビで話題になっていたが、私たちの分野で問題なのは唾液分泌が何らかの影響を受け減少し、そのことによるむし歯の多発や歯周病の進行をもたらす事例だ.

3年ぶりに受診した27歳男性、むし歯が多発していた.原因は何か?うつ病でここ3年間、数種類の抗うつ薬を飲んでいるとの事.口角炎、口唇炎なども併発しているので、唾液分泌量を測定したら非常に少ない量であった.明らかに薬の副作用による口渇である.(図1)多発したむし歯は唾液の減少により自浄作用がおち口腔内細菌が増加した為、または唾液のPHが低下した事によるものと思われる.この事例は抗うつ薬の調整を主治医に相談をするように促した.

この他にも口腔乾燥症には降圧剤、抗ヒスタミン剤、抗不安薬、抗がん剤等多くの種類の薬が関与している.この場合は、神経伝達の遮断によるものだが、他の事例では原因として発熱・下痢などの脱水、特殊だが放射腺療法・自己免疫疾患による唾液腺障害などによる口腔乾燥症も経験したことがある.口腔乾燥症が過度に進行すると、口腔粘膜の痛みでご飯が食べられなくなったり、飲み込みがスムーズにできなくなりご飯を食べるのに時間がかかると言う事例もある.

発達障害児の場合の口腔乾燥症は経験していないが、薬を幼少時から服用している事例もあるので、経過をおっていく必要がある.

また唾液量と共に問題になるのは唾液の緩衝能力と唾液の質である.緩衝能の違いでむし歯のリスクが高くなることは余り知られてない.

唾液のPHは中性に近いが砂糖の入った食物や飲み物を取ると酸が産生され口の中のPHは下がってくる.しかし唾液の緩衝能力により20分ほどで自然に元の中性に戻る.歯科用語ではこれを「ステファンのカーブ」というが、この緩衝能には個人差がある.

当医院では必要な患者さんにはこの緩衝能の判定試験もしている。(図2)

緩衝能が高い人は砂糖を取った後余り歯磨きしなくてもむし歯は発生しない確率が高いといえる、私事で恐縮であるがあるが、白状すると余り歯磨きには熱心ではない.患者さんには歯磨きはきちんと正しく行いましょうと言っているのに、1日に1回就寝前に水磨きするだけだ.もちろん甘い物も大好きである.歯磨きはテキトーでも余りむし歯ができないのは私の場合、この緩衝能が高いおかげであると思っている.むし歯も歯周病も複数の原因が重なった時に発生するものだから、1つでもそのリスクを回避できれば良いという訳である.

唾液は健康のバロメーター

貝原益軒の養生訓に以下の文章がある.「唾液は身体の潤いであり、変化して血となる.唾液は吐くな飲み込むべし」古くから年老いても唾液が多いと健康であると言われる.唾液には成長ホルモンの一種のパロチンが含まれている.また、唾液量が多い事は消化液の分泌も多く、身体が若いことを意味していると思う.

冒頭で述べた「眉唾」は、眉につばをつければ狐狸にだまされないという俗信に基づいているそうで、つばの御利益にあやかっているのだろうか。つばはこんなに大切なものだから「天に向かってつばをはく」ようなまねはしないでおこう.

 

参考文献

1)河野正司監修:唾液―歯と口腔の健康、2004、医歯薬出版

 

 

臨床作業療法 vol.10 No.2 2013