- 一期一惠
(4)歯磨きは朝する?/発達障害児の口腔ケア
歯磨きの歴史
地元ネタで恐縮であるが、宮崎県民のうち歯磨きをしている人はほぼ100%、でもむし歯を持っている人もほぼ100%(1998年度県民健康・栄養調査)というデータがある。これがなかなか改善しないのが私達の課題で・・・まあ、これまで何度か述べたように、そもそも歯磨きだけではむし歯は完全に防げないのであるが。
ところで、皆さん歯磨きはいつしますか?江戸時代は「朝起きた時」だったのをご存じですか?そもそも歴史を紐解くと、歯磨きの始まりは3~4世紀、中国敦煌の壁画に、指で歯を磨く揩歯(かいし)が描かれていたというから驚きである。日本には仏教の伝来と共に伝わって、当時は僧侶をはじめ公家、武士などが歯木(楊枝)で歯を磨いたり、舌の上を削る舌こきをしたりしていた。
歯みがきが庶民に普及したのは、江戸時代の元禄の頃からである。ここに、神仏に詣でる時の口をゆすいで身を清める風習が合わさり、身を清めるみそぎの習慣として朝起きた時に歯磨きをしていたそうである。現代のように、食後に歯を磨く習慣は、実は明治になって西洋の歯科医学の知識が入ってきてからであるが、一般の人々にはなかなか普及しなかったという。
正しい歯磨きは・・・
しかし、この「朝起きた時にする」というのは、結局それから一日の間、食物を口に入れ、そのまま寝るので就寝中に菌が繁殖し、むし歯の予防としての「朝の歯磨き」はしていないに等しい。わかりやすい事例として、うちの患者さんで「朝起きた時だけする」人はむし歯が多発している。朝食時に使用した皿を、洗わないでそのまま昼食時に使用する人がいるだろうか?それと似ている。ただ、口の中は唾液の抗菌作用があるから食器とは少し条件が異なるが。
この「歯磨きは食後に」を習慣性にする、「正しい歯磨き方」を理解して実践してもらうには一般の人でも難しいが、ましてや発達障害の子どもにわかりやすく説明するには、苦労する事が多い。彼らは一般的には口腔ケアの意義が理解できないため自発的に歯磨きを行おうとしない事が多く、同じ場所を繰り返し磨いて歯ぐきを傷つけたりして満足のいく歯磨き効果が得られないことが多い。
自閉症のTくん
Tくんは元気のいい4歳の男の子。歯科の治療台にすわっても寝ないで質問責めをし、私たちの話を聞くことはない。「ほかの子どもと遊ばない、普通の子どもとどこか違うな」と母親は感じていたが、発達障害があるとは認識していなかった。そこで来院した当初はtell show doという一般的な方法で対処していたが、自閉症と診断されてからは別の方法で歯科治療に適応してもらった。
少し話が本題からずれるが、こういう時難しいのは歯科医が初診時に普通の子どもとは少し違うなという感触をもっても、安易に何かあるのでは?という事を保護者には告知しづらいという現実である。何回か来院が続いてから適応が難しいことを告げ保護者に治療風景をみてもらい、訓練が必要な事を伝える。もしここで保護者に思い当たるふしがあるなら専門家に相談をしてはどうかと提案する事もある。
この事例はしばらくして自閉症(グレーゾーン)でしたと母親から伝えられ、絵カードと写真を用いて説明をする事にした。彼は①歯科治療への恐怖心がある②初めての事に見通しをたてるのが難しいという特性をもっている→これをどうすればクリアーできるだろうか?③彼らは目からの情報処理が得意である→写真で流れを理解できないか?こう考えて、歯科に用いる器材と道具の写真をとり順番に並べ、その用途を説明したカードを用いて、歯磨きの手順を理解してもらうコミュニケーションツールとして使った。
具体的にどこから磨きどこで終わるのかを絵カードで示し、うまくできたらいつもほめた。本人の歯磨きでは不充分な点を補うために保護者に仕上げ磨きの方法を教え実行してもらう事にした。このようにして経験を重ねていくうちに、本人の本来の成長も手伝って適応ができるようになった。
江戸時代の浮世絵に歯木を用い歯磨きをしている七代目市川團十郎の姿 注1)がある。絵の後方の時計?には辰の刻午前8時頃と記されている。これもまた「朝磨き」だ。一日に1回しか磨かないのであれば、夜寝る前の丁寧な歯磨きをお勧めする。
一日の終わりにテレビや新聞を読みながらリビングでゆっくりと。しかも「歯磨き粉を最初からつけないでね」と患者さんにはいつも言っている。「水磨きの方がよく取れるし、歯磨き粉は補助的に最後に少量塗布するように使えばいいんです、その方がむし歯はできませんよ」と。
注1)大野粛英、羽坂勇司:目で見る「日本と西洋の歯に関する歴史」第2版.p53、2011、わかば出版
臨床作業療法 vol.10 No.1 2013